こんにちは、Koalaパパです🐨
このブログで紹介している時短は、ただラクをするためのものではありません。
僕にとっては、子どもに向ける余裕を残すための仕組みです。
離婚後、2人の幼い子どもとの暮らしが始まりました。
家事も、仕事も、育児も、自分一人の気合いでは回りませんでした。
余裕をなくして、子どもを怒鳴ってしまったこともあります。
そのたびに「もっと優しい父親になろう」と誓いました。
でも、誓うだけでは変わりませんでした。
必要だったのは、性格を変えることではなく、余裕を奪っている作業を減らすことでした。
これは、まだ立派に乗り越えていない僕が、暮らしを少しずつ仕組みで回せるようになるまでの記録です。
読んでほしいのは、いま渦中にいる人です。
離婚の話し合いが終わらない人。ワンオペで、いつ休むのか分からなくなっている人。子どもを怒鳴ってしまって、そのあと自分を責めている人。

2025年秋|離婚を切り出された日
1か月の出張から帰った日のことでした。
久しぶりに家族で食事をして、お風呂に入って、同じ布団で寝た。
「なんて幸せなんだろう」
心からそう思ったんです。
その次の日でした。
離婚を切り出されたのは。
困惑、絶望、悲しみ、憎悪、愛情、不安。
自分でも整理のつかない感情が一度にのしかかってきて、平常心を保てませんでした。
人目も憚らずに怒り、そして涙を流した。
あんなことは、生まれて初めてでした。
理由として打ち明けられたのは、3つ。
その時の僕には、何ひとつ理解できませんでした。
妻の言葉が、何かの呪文みたいに耳から入ってくる。
そんな感覚だったのを覚えています。
……今では、痛いほど理解できます。
夫婦の結末を、一人だけの責任として説明することはできません。
それでも、打ち明けられた3つは、どれも僕自身のことでした。
自分の仕事や家族との向き合い方に、見直すべきところがあったのは確かです。
前の晩に「なんて幸せなんだろう」と感じていたのは、たぶん僕だけだったんだと思います。
同じ布団で寝ていて、同じものを感じていると思い込んでいた。
そこが、いちばん怖いところでした。
そこから、話し合いが始まりました。
今後の育児のこと、財産分与、養育費。
問題は山積みで、ただただ体と心が疲弊していくのを感じていました。
2025年冬|離婚が成立した日
別居を経て、離婚が成立しました。
2人の幼い子どもを、僕が引き取ることになりました。
別居からおよそ2か月。
「離婚の話が、やっと終わった……」
正直に言えば、そのとき僕が感じたのは安堵でした。
解放された、と思ったんです。
悲しみよりも先に、安堵が来た。
それくらい、あの数か月で心も体も削れていました。
そこから、シングルファーザーのワンオペ生活が始まるとも知らずに……。
ワンオペ生活と、子どもを泣かせた夜
想像を絶する生活リズムでした。
朝から寝るときまで、ずーーーーっと何かをしていないと家が回らない。
いつ休むの?
スマホを見る時間もない。
一つ終わらせても、その分だけ次が前に出てくる。
座った瞬間に、座っていることが罪みたいに感じる。
一日が終わって布団に入った時に、何をしたのか思い出せない。
泥のように眠りに落ちる……。
そして起きてまた動き出す。
そんな日が続いていました。
やることの列が途切れない、というのは、こういうことです。

暮らしが大きく変わり、子どもたちも混乱の中にいました。
そんな毎日の中で、子どもたちは何度も母親のことを尋ねました。
ときには、行き場のない怒りを僕にぶつけることもありました。
子どもたちには何の罪もない。
頭では分かっていました。分かっていたんです。
それでも、その言葉を受け止めきれない日がありました。
いくつもの感情に押し潰され、自分を抑えられなくなった僕は、子どもたちに怒りをぶつけ、泣かせてしまいました。
子どもたちが苦しんでいることは分かっている。
それなのに、僕の心の余力が先に尽きてしまったのです。
穏やかでいられるかどうかは、性格だけで決まるものではない。
心にどれだけ余力が残っているかで変わってしまうのだと、思い知りました。
「父さんは一人なんだよ……。」
いつからか、それが僕の口癖になっていました。
子どもたちを言葉で押さえつけ、泣かせてしまう。
そんなことを、何度も繰り返していました。
それでも少し時間がたつと、子どもたちは僕を責めることもなく、いつも通りそばに来てくれました。
その無邪気さに触れるたび、自分がぶつけた言葉を思い出し、胸が締めつけられました。
すべてを一人で抱え続けるには、もう限界でした。
僕はつらさに耐えきれず、一人、キッチンの床にうずくまっていました。
仕事との付き合い方
僕は昔から仕事一筋というか、何でも一生懸命にやるタイプでした。
そのおかげで周りからも信頼されていたと思うし、仕事に一生懸命な自分のことも、たぶん好きだったんだと思います。
離婚する前は、朝6時に出勤して、夜9時に帰る。
そんな日が続いていました。
仲間が困るから。
そう言って、家庭を犠牲にしてでも仕事に従事していました。
妻の口癖がありました。
「職場には代えがいるが、父親はあなた一人だけしかいないよ……」
当時は、聞き流していましたが、
今は、この一言が全部だった思っています。
僕はずっと、仕事を頑張ることが家族のためだと思っていました。
稼いで、信頼されて、必要とされる。それが父親の役目だと。
でも妻が言っていたのは、そういう話ではなかったんだと思います。
家族が必要としていた場所に、僕はいなかった。
職場には、誰かが不在でも役割を引き継ぐ仕組みがあります。
でも、子どもにとって父親の代わりはいません。
この違いに気づくのに、僕は離婚するまでかかりました。
シングルファーザーになった今、できる仕事は限られています。
周りに迷惑をかけているのは、肌で感じます。
同じ境遇の人が周りにいないこともあって、職場に自分の居場所が少しずつ無くなっていくような不安に駆られることがあります。
それでも、子どもたちの日々の暮らしを支える責任は、僕にあります。
だから、考え方を切り替えました。
「迷惑をかけている」と謝り続けるのではなく、「できる範囲で全力を尽くす」。
「迷惑をかけている」と思っている間、僕にできるのは謝ることだけでした。
謝るたびに、だんだん自分を責めるようにもなっていました。
けれど、「できる範囲で全力を尽くす」と決めると、考えるべきことが変わりました。
限られた時間をどう使い、どこまで仕事を終わらせるか。
必要だったのは、気合いではなく段取りでした。
働ける時間は、精いっぱい働く。
残業はせず、家族との時間を優先する。
それが、僕なりの誠意の示し方でした。
そう決めたことで、自分を責める気持ちが少しだけ軽くなりました。
ふとした時の孤独感
家に帰れば子供達がいる。
職場には仲間がいる。
休みになれば支援をしてくれる家族がいる。
だけど、ふとした時に独りなんだと孤独感を感じていました。
老後は夫婦で旅行かな。
と考えていた時が懐かしい。
家で一人になった時ふと涙が自然と溢れていました。
一人なんだと….。

離婚してから、何度も考えます。
僕は仕事も頑張っていた。
子育てもしていた。
妻にも向き合っていた。
でも、本当にそうだったのだろうか。
ただ、向き合っているつもりになっていただけではないのか。
夫がいるはずなのに、仕事を理由に家を空けてばかりいる。
当時の妻は、愛されていないような寂しさと、まるで一人で子育てをしているような孤独を感じていたのかもしれません。
どれだけ後悔しても、もう遅い。
あの頃に戻ることはできないのだから….。
転機①|ミニマリズムとの出会い
実は離婚を切り出された日を堺に猛烈に物を捨てたい感情にかられました。
最初に捨てたのが、趣味でカクテル作成をするために集めていたお酒を沢山持っていたのですが、気付いたらそれを全て捨てていました。
そうすることで心が少し落ち着くような気持ちがありました。
今思えば物を捨てることが心の平穏を保つ防衛本能だと体が知っていたのだと感じます。
それから様々な書籍やYouTubeなどを読み・聴き漁りそこでミニマリズムという考え方があることを初めて知りました。
そういった情報に触れるたびにミニマリズムに惹かれるようになりました。
物を減らすことで、時間も思考もスッキリしていくのを実感。
そして断捨離を進めるうちに、自分たちの暮らしに本当に必要なものが見えてきました。
そこで、家事の負担を減らすために時短家電などを取り入れ、少しずつ毎日の家事を回せるようになっていきました。
「モノを減らす」と「時短家電を買う」は矛盾しない
断捨離を進めるうちに、本当に減らしたかったのは、モノの数だけではないと気づきました。
自分がやらなければならない作業の数を減らしたかったのです。
仕事、家事、子育てを一人で抱え、すべてを気合いでこなすことには限界がありました。
そこで、家事の一部を時短家電に任せることにしました。
| 家電 | 任せていること |
|---|---|
| ホットクック | 加熱中のかき混ぜや火加減の調整 |
| 食洗機 | 食器洗い |
| ドラム式洗濯機 | 洗濯から乾燥まで |
| ロボット掃除機 | 床掃除 |
もちろん、すべての家事がなくなるわけではありません。
それでも、鍋につきっきりになる時間や、食器を洗う作業、洗濯物を干す作業、掃除機をかける時間は減らせます。
ドラム式洗濯機を買った当初は、電気代が気になり、乾燥機能を使っていませんでした。
しかし、洗濯物を干す時間さえ負担になり、今ではほぼ毎日使っています。
時短家電を取り入れたのは、ただ楽をするためではありません。
一人で抱え込まず、暮らしを回していくためです。
「気合いで回す」から「仕組みで回す」へ。
ホットクックの記事が多いのも、その仕組みの中心にホットクックがあったからです。
このブログでは、家電の便利さだけでなく、ワンオペの暮らしを仕組みで回す方法を伝えていきます。
転機②|お金の不安と、FP3級
シングルファーザーになって、大きな悩みが生まれました。
将来のお金です。
日々の生活費。
教育資金。
住宅ローン。
夜、考え出すと止まらなくなりました。
でも、あるとき気づいたんです。
将来のお金への不安は、知識のなさから来ている、と。
漠然と不安がっていても何も変わらない。
まず学ぼうと決めて、FP3級を受験することにしました。
すぐに書店へ行って、参考書と模擬試験問題集を買いました。
元々覚えの悪い方だったのでかなり大変でしたが、何とか取得できました。

FP3級を取得したことをきっかけに、家計管理とライフプランの作成に取り組みました。
毎月の収支や住宅ローン、これから必要になる教育費を数字にして整理すると、漠然としていたお金の不安が少しずつ見えるようになりました。
金額そのものが減ったわけではありません。
それでも、何に備えればよいのかが分かり、具体的な対策を考えられるようになりました。
この経験から身についたのが、分からないことは調べて、数字で確かめるという習慣です。
その習慣は、このブログを書くうえでも役立っています。
時短家電の電気代や使用時間も、イメージだけで判断せず、実際に測って確かめる。
FPの勉強は、家計だけでなく、根拠を持ってブログを書くための土台にもなりました。
転機③|ただ、愛すること
完璧な親でなくていい。
完璧な食事でなくていい。
子どもたちに必要なのは、完璧に整った暮らしではなく、自分は愛されていると感じられることだと思います。
僕は長いあいだ、「ちゃんとした父親にならなきゃ」と思っていました。
ちゃんとした食事を出す。
ちゃんと家を整える。
ちゃんと仕事をする。
しかし、「ちゃんと」が積み重なるほど、僕の余裕はなくなっていきました。
そして、そのしわ寄せを子どもたちに向け、怒鳴って泣かせてしまいました。
だから、減らせる家事は仕組みに任せることにしました。
けれど、仕組み化そのものが目的ではありません。
家事を減らして、家族を愛するための時間と心の余裕をつくる。
仕組み化は、そのための土台です。
空いた時間を、別の作業で埋める必要はありません。
小細工も、立派なこともいらない。
ただ、目の前にいる家族を愛することに集中する。
献立を完璧にすることより、子どもたちと笑って過ごすことを大切にする。
このブログで伝えたい時短や仕組み化は、すべてそこにつながっています。
それでも、僕にはまだ「本当の愛とは何か」という答えが出ていません。
僕は、たった一人の妻を幸せにできませんでした。
だから今も、本当の愛とは何かを自問自答しながら生きています。
いま、そしてこれから|「一つだけに依存しすぎない生き方」を目指して
いま僕が目指しているのは、「一つだけに依存しすぎない生き方」です。
モノにも。
感情にも。
誰かにも。
これは「誰にも頼らない」という意味ではありません。
実際、僕は家族に助けてもらって生活が成り立っています。
そうではなくて、それが無くなったら壊れてしまう、という状態を作らないということです。
一つのモノに。
一つの感情に。
一つの居場所に。
全部を預けてしまうと、失った時に立てなくなる。
僕は一度それをやって、実際に立てなくなりました。
まだ答えは出ていないけれど、自分の力で立って、子どもたちと前に進んでいく。
働き方も同じです。
今の仕事を続けながら、将来はもっと自分らしい働き方ができないか、模索しています。
その途中の記録を、このブログに残しています。
このブログを始めたのは、2026年5月でした。
始めた理由は、一つだけです。
自分の足で立ちたい。
それだけでした。
ひとり立ちは、まだ途中です。
途中のまま、書いていきます。

最後に、同じ苦しさの中にいる人へ
いま、離婚の話し合いの最中かもしれません。
ワンオペで、いつ休めばいいのか分からなくなっているかもしれません。
さっき子どもを怒鳴ってしまい、自分を責めているかもしれません。
どれも、僕自身が経験してきたことです。
そして今も、完全に乗り越えられたわけではありません。
ただ、ひとつだけ伝えたいことがあります。
気合いだけで回そうとしなくていいです。
暮らしが回らないのは、あなたの努力が足りないからではありません。
一人で抱えるには、やることが多すぎるだけです。
家事でも、モノでも、「ちゃんとしなければ」という思いでもいい。
減らせるものを、一つずつ減らしてみてください。
そこで生まれた時間は、休むために使ってもいい。
家族と過ごすために使ってもいい。
全部を一人で背負わなくていいのだと、僕は自分自身にも言い聞かせながら、今も暮らしています。